スゴ育児

息子育ての狂気の日々

梅雨入り!小学一年生安全な登下校のための傘選び3つのポイント

 だんだん雨の降る日が増えてきてついに梅雨入り。
小学一年生の息子はやっと登下校に慣れてきたところで、雨が降るとちょっと心配。
濡れないかなぁ、安全に登下校できているかなぁ、と。

雨の日に登下校する小学一年生が、安全に登下校する上で重要なアイテムが傘です。
傘の選び方ひとつで登下校の安全性がガラッと変わると思います。

この記事では、小一の息子を持つ工学博士パパによる息子の傘選びの3つのポイントについて紹介します。
この記事が、同じく小学生の子供を持つ親御さんの傘選びに役立つとうれしいです。

 傘選び3つのポイント

 早速結論ですが、傘選びのポイントは、

  1. 大きさ
  2. 視界

の3つです。
では、その3つを理由に入れた理由について説明します。

なぜこの3つ?

トップバッターは色です。
小学一年生だと、正直なところ本当に危なっかしいです。

飛んでる虫に気を取られたり、急に走り出したり、道路に飛び出したり…。
実際に、子どもの交通事故はとても多く、小学一年生から二年生の7歳が突出して事故が多いそうです。

kurukura.jp

子供に交通安全の教育をすることが最優先なのは間違いないのですが、危なっかしい子供が事故にあうのを防ぐためには、目立つことが大事。
いち早くドライバーに視認してもらい、気を使ってもらうことが重要です。

真っ当なドライバーならば、小さい子供を視認したら気を付けて運転してくれると思います。
そうすると、傘の色は、黄色
黄色は注意の色、信号にも使われ、踏切にも使われる注意の色。
ドライバーの注意を引き出してくれると期待できます。

大きさ

二つ目のポイントは、傘の大きさです。
傘が小さいと濡れてしまうし、でも大きすぎると使いこなせず危険です。
風に煽られると大きい傘だと大きい力を受けてしまいます。

小学一年生の身長を105cm~120cmくらいと想定すると、
傘のサイズは、親骨の長さが50cmのものがよいです。

www.linedrops.jp

視界

最後にして最大のポイントは、視界の確保です。
子供は身長が低いので遠くを見通すことができません。
そして、雨の日は薄暗くなりますので、ますます視界が悪くなります。
さらに傘を差すともっと視界が悪くなります。
いくら子供に交通安全の教育をしても、その危機を感じ取ることができなければ打つ手なしです。

傘を差しても視界を確保するためには、傘の一部が透明になっているタイプのものがよいです。
透明な部分を前面に持って来れば進行方向の視界は確保されます。

 まとめ

この記事では、子供の傘を選ぶ際の3つのポイントについて説明しました。
うちの子は、幼稚園児のときから視界が確保できる一部が透明な傘を使っていて、小学校進学の際に、サイズアップしました。

この記事で挙げた3つの条件を満たす傘のリンクを貼っておきますので、もしよければご覧になってください。

 小学校中学年向けの少し大きいサイズだと、こんな傘もあります。
色の種類もあるのでご確認ください。

 

物語の中のビットコイン

ニュースでビットコインの急落が話題になっている。
私はノーポジなので高見の見物だが、ちょっと考察してみたい。

どこに価値があるのか

ビットコインはナカモトサトシという人が作ったと言われているが、その人物が本当に実在するのかは未だ不明である。
ビットコインは、ブロックチェーンという技術を使っていて、何やら計算をしているようだが、細かい技術の話は他に任せて、もっと概念的な話をしたい。

ビットコインには、マイニングという参加方法があって、計算資源を提供することで、たまにビットコインを少しだけ受け取ることができる。
ビットコインが出だした頃は、少しの計算資源でたくさんのビットコインが得られたところ、マイニングによってもらえるビットコインの量はだんだん減っていく。

そしてビットコインの価値は、「使われた計算資源」が担保すると聞いたことがある。
???
正直なところよくわからない。
例えば、時給がものすごく高い人が手間暇かけて泥団子を作ったとして、
この泥団子に大量のお金を払うだろうか。
私にはちょっとできない。

あれだけ大きなお金がやり取りされているわけだから、きっと参加者の皆さんは、そのことを理解した上でお祭りに参加しているんだろうと思いますが・・・。

こういう話をすると、「お金の価値だって怪しい」という反論がきそうだ。

お金の価値とは

かつては金本位主義といって、お金の価値は金によって裏付けられていた。
金は希少だから価値があるよね?という話だけど、希少≒価値も私的には?ですが。
しかし、金の量よりもお金に付せられた価値の方が大きくなってしまい、金本位主義は破たんする。
そして、今度は、国家がお金の価値を保証することになる。

そうです、お手元の一万円札は、日本国が「この日本銀行券を一万円と呼ぶよ。」といっているからその価値があるとみんなが思っているんです。

そういう意味では、ビットコインだって、ビットコインに価値を見出す人にとっては価値のあるものなわけで、仮に泥団子であっても、ほとんど変わらないですね。

ぶっちゃけると、キリンレモンの瓶の蓋。
集めてたんだよなぁ、子どもの頃。あれは宝物だった。
子供同士の遊びの中で、瓶の蓋がお金として流通してもおかしくはなかったと思う。

ただ、日本円の場合、海外の人が日本の物を欲すれば、日本のものと交換できる円の需要が高まり、円の価値があがるわけで、日本円の価値はある意味日本という国の生産性みたいなものが担保しているともとれそうです。
GDPやばい。日本がんばれ。

そして、最近日本円が大量につぎ込まれている株式。
これは、企業の価値が株式の価値を担保しているわけですが、実態としては大分マネーゲームになってるんじゃないでしょうか。

どういうスタンス?

本当にどうでもいいんだけど、私の考えを少しだけ。
ビットコインも、株式も、お金も、楽しければそれでいいんじゃない?
株式で含み損くらってる私が言うのもなんだけど、
虚構なんだから熱くなっちゃだめだよ。楽しまなくちゃ!

サピエンス全史によれば、我々人類は、虚構を信じられる動物だそうです。
お金も、株式も、ビットコインも、ある意味虚構です。
お金でも、株式でも、ビットコインでも、お腹は満たされないし、暖を取ることもできない。
それそのままでは、使いようもないし、役に立たない。
ただ、それに価値があると信じる人がたくさんいることで、交換する機能が生まれ、食べ物を買ったり洋服を買えたりする。
虚構の上の価値。崖の上のぽにょみたい。いや雲の上の城だから天空の城ラピュタか。

そう考えると、虚構以外のものを探したくなるんだけど、
結局は、人間は地球のいろんな循環の一部に過ぎなくて、
人が生きようが死のうが地球規模では何の影響もないし、
地球が滅んでも銀河レベルでは何の意味もないし、
銀河がなくなっても、宇宙的には、まぁよくあることだろうし。

結局、虚構の中で死ぬまで生きているのが人間としてまっとうなわけで。

あ~、金欲しい。ビットコイン押し目買いするかなぁ。
などと、レイトマジョリティーの私が考え始める昨今。
最後のババ抜きが始まっているかもしれない。

というか、胴元がたくさん持ってればまた上がるし、
個人がたくさん持っていてグリップしちゃったら二度と上がらないんでしょ?
私はノーポジだし、参加する気もないので、高見の見物。

子供でも安全に電子回路を組めるELEKITのPIECEでびっくり箱

先日、息子が縄跳びを跳べるようになった。
これは、2回跳べたことをきっかけにやる気が生まれ、失敗しても失敗しても挑戦するようになったからだと思っている。

そういえば、息子は電子回路のおもちゃで試行錯誤していろんな悪戯を仕掛けてくる。
これも、親を驚かすという成功体験が試行錯誤する力を呼び起こしたんだと思う。
今日は、息子がよく遊んでいるELEKITのPIECEについて紹介する。

 ELEKITのPIECEとの出会い

息子は、ロボットが好きだ。
まだ、ガンダムも見せていないのにロボットが好きだ。
ドラえもんみたいなロボットを作るんだと日々話している。

ドラえもんは、汎用人工知能を積んでいて、今の技術では到底たどり着けないところにあることを説明しても息子の夢は止まらない。
そんな息子を見ていると、何かロボットに関係するようなイベントがあると連れていきたくなる。

もうずいぶん前のことだが、都内某所にある多摩六都科学館でロボットの特別展があると聞き、さっそく息子と見に行った。

すごく古い等身大くらいのロボットが立ち上がっては座る動作をするのを見たり、
新しそうな小ぶりのロボットがパプリカの楽曲に合わせて踊ったり、
当時まだ幼稚園児だった息子もご満悦の様子だった。

そろそろ帰ろうと思ってお土産コーナーに立ち寄ると、そこにELEKITのPIECEがあった。

ELEKITのPIECE

このおもちゃは、モジュールと呼ばれる部品をつなぎ合わせて電源のスイッチを入れると、設定したとおりの動きをする。

例えば、「ライトが光っていたら」「振動する」とか
「揺れを感知したら」「LEDが光る」とか。

我々人間は、5感を通して世界を認識し、運動を通して世界に影響を与えている。
そしてロボットの場合は、センサーからの入力を元に、何かしらの処理をして、アクチュエーターによって世界に影響を与えることになる。

ELEKITのPIECEは、このうちのセンサーとアクチュエーターについても学べるし、「AND」「OR」「NOT」のモジュールを使えば、ロボットの「何かしらの処理」に当たる部分についても単純なものであれば作れてしまう。
人の形はしていないものの、ELEKITのPIECEで作れるものは、ロボットと呼んで差し支えない。

実は、うちには、学研のプログラミングカーもプログラミングブロックもあるのだが、正直なところちょっと物足りない感があった。
それは、センサーがないこと。
プログラミングカーもプログラミングロボットも、一切外界の情報を取り込まないので、本当に予めプログラムした通りに動くだけ。
ちょっと、ロボットと呼ぶには物足りない感じだったのだ。

購入した決め手

私自身ハードウェアはあんまり得意じゃないので、そんなにちゃんとは教えられない。
しかも電子回路とかって、めちゃくちゃ熱くなる半田ごてを使ったり、
誤って電線のむき出しのところを触ると熱かったり、結構危ない。
ちゃんと見てても危ないので、目を離すことができない。

でもこのELEKITのPIECEは、他の道具を使わず、パチパチつなげられるところをつなぐだけで作れちゃう。
安全だし、簡単だし、安全だし。
これだったら、息子が一人で試行錯誤しても大丈夫!という確信があり、即決で買いました。
ちょっとどうでもいい話ですが、お小遣いが3万円のパパが、一万円近くしたこのおもちゃを即決で買うってどれだけ一目ぼれしてるんだよ!
そりゃ、家に帰った瞬間はちょっとばかり後悔しましたよ。
これから一月お昼ご飯を節約しなければならないのか、と。
でも、期待以上に息子が遊んでくれてるんで、元は取ったなと思います。

技術を使った悪戯の紹介

息子の悪戯は、タイトルの通り、びっくり箱。
箱を自作して、紙でバネを作ろうとしてうまくいかず、おばけが飛び出す機構を作れずにいましたが、今度は、震えるびっくり箱に挑戦した模様。

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びっくり箱の仕掛け1

このびっくり箱の仕掛けはとてもシンプル。
モジュールも4つしか使いません。
電源をオンにして、箱に入れて蓋を閉じれば出来上がり。
ママが箱の蓋を開けるとライトセンサーが反応して、振動モジュールが震えます。
この振動モジュール、結構けたたましい音を出して震えるからママもびっくりしてました。

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びっくり箱のしかけ2

二つ目のびっくり箱は、そーと持って行って、渡すときにショックを与えます。
そうすると、箱の中は暗いのでライトセンサーは無反応→NOT回路で反転されオンになり、渡すときのショックでショックセンサーもオンになるため、振動モジュールが動き出します。
渡された側からすれば、手に持った瞬間に箱がけたたましい音を出して震えるため、「おおっ、恐い!」ってなるんですが、箱を開けるとライトセンサーが反応して振動モジュールを止めます。
あれ、さっきまでの振動はなんだったの?
という開ける前にびっくりして、開けると止まるびっくり箱です。

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これなんだ?となった組み合わせ

息子が色々と試していて、不思議に思った組み合わせがコレ。
ショックセンサーが反応すると、NOT回路で反転して、振動モジュールは震えない。
そうすると、ショックセンサーが反応しなくなり、それがNOT回路で反転され、振動モジュールが震える。
振動モジュールが震えると、ショックセンサーが反応して、それが反転されて、今度は振動モジュールが止まる。
これを延々を繰り返すのだ。
あ、これフィードバック制御だ。
こんなところまで学べるとは、恐るべしPIECE。

 

 追加モジュールもあるのか。
これも欲しい…。

 

 

デビルかフラワーか、失敗する背中を息子に見せる

失敗が恥ずかしい?

土曜日、駄菓子屋へ行く前に、息子と公園へ行き、一緒に縄跳びの練習をした。
最終的には、記録を13回まで伸ばすことに成功した。
そのことを書きたいと思う。

息子は、失敗を恐れ、失敗するとすぐにくじけてしまう。
失敗するのが恥ずかしいともいう。

失敗が恥ずかしいなんてとんでもないことだ。
挑戦するから失敗するのだ。
挑戦することが難しければ難しいほどたくさん失敗するのだ。
失敗とは勇者の証だ。

しかし、そんなことは、口で言っても通じない。
そこで、パパ自身が難しい技に挑戦して失敗しながら上達するところを見せることにした。

失敗する背中を見せる

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。
かつて山本五十六はそう言ったそうだ。

縄跳びについてはもうすでに何度も跳ぶところを見せている。
しかし、息子からすれば、パパははじめからできることをやっているだけだ。

具体的に縄跳びがどうとかではなく、
出来ないことを失敗を繰り返しながらできるところを見せる必要がある。

そこで、持ち出したのが、デビルだ。
この形状からフラワーだという人もいるかもしれない。
大昔に友人が作っていたのをまねて作り、大人になってからも時々遊んでいた道具。
昔大分やりこんだので、基本的な動作は問題なくできる。
しかし、大技を習得する前に辞めてしまっていたのだ。
下に得物の写真を貼ろう。

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ビルスティック?フラワースティック?

ビルスティックとは?

ビルスティックとは、写真中の黒い棒(センタースティックという。)を、左右の手に持った二本の棒で叩き、地面に落とさないようにするジャグリングの一種だ。
慣れた人がやれば、センタースティックは自在に宙を舞い、あたかも悪魔がとりついたかのように動く。
若かりし頃、公園で練習をしているとき、通りかかったカップルのうち男性の方が、連れの女性にむかって「あれは磁石が入っているんだ。」と得意げに説明していたが、この棒はホームセンターで買った丸い棒に重りのゴムとテニスのグリップを巻き付けただけのものだ。
そして、左右の手に持つ棒は、シリコンチューブに同じく丸い木の棒を差し込んだだけのもの。それこそ昔は、左右の棒についてもテニスのグリップを巻いていたが、何度かの研究と試作の結果シリコンチューブを巻くのが最適だとわかったのだ。
使い古され、しかもめったに使わないため、センタースティックに巻かれたグリップは劣化し、扱いにくいデビルスティックになっているが、失敗する背中を見せるには、それくらいの方がちょうどいい。

特訓

まずは、息子が縄跳びの特訓をした。
何度か失敗をすると、へなへなと座り込んだり、休憩に入ってしまう。
そうすると、今度はパパの出番だ。

劣化したグリップは思いのほか摩擦が利かずに滑ってしまう。
下手をすると基本動作すらもままならなかった。
何度もセンタースティックを地面に落としながらも、何度も何度も練習をする。

そのうち、息子が元気になってくると、選手を交代して息子が縄跳びを始める。
息子はうまくいきそうだと感じると、動画の撮影を求める。
パパは喜んで息子の動画を取る。
そして、失敗すると「消して!」といって次の挑戦へ移る。
3秒程度の短い動画がたくさん残されるわけだが、そんなのは構わない。

二人で交代しながら何度か練習をしていると、徐々に息子の縄跳びも安定しはじめ、パパのデビルも宙を舞うようになってきた。
こうなってくると練習は苦痛ではなく快楽だ。
基本動作から、センタースティックを二回転、センタースティックを高く飛ばしたり、足の下をくぐらせたり、ヘリコプタータップ(センタースティックを水平方向に回転させ、手に持ったスティック1本でその回転を維持する。)、片手でセンタスティックを2回横回転させ、重量によって落ちるところを下から支えながらもうひと回転加えたり。
中国武術に推手という練習方法があると漫画(拳児)で読んだことがあるが、それに近いイメージだ。
推手では、相手と手を合わせて押したり引いたりするが、デビルスティックの場合、相手は地球の重力や回転モーメントになる。
いわば、法則と戯れているわけだ。
相対性理論で有名なアインシュタインはバイオリンを弾きながら考え事をしたというが、パパにとってはデビルスティックがそれにあたる。
地球との語らい、物理法則、回転モーメントとの語らいは至福のときでもあった。

そして、最終的に息子は縄跳びを13回跳び、パパもそこそこ勘を取り戻してきた。
かつて友人が得意としていた大技は、未だできていないが、また今度息子が縄跳びを練習するときに一緒に特訓することにしよう。

もし、デビルスティックやフラワースティックに興味を持たれた方がいたら、自作することをお勧めしますが、自作の手間を省きたい場合はアマゾンでも扱っているようです。

 

いつも洗面所の床が濡れている

怪談を語るにはまだ早すぎるかもしれない。
なぜならばまだ5月。
怪談は夏休みに入ってからというのが鉄則だ。

しかし、昨日、我が家の謎が一つ解き明かされたのだ。
そのことについて記録しておきたい。

我が家の謎

タイトルのとおり、我が家の洗面所の床にはいつも水滴が垂れている。

一つ目の仮説

原因は想像にたやすいだろう。
息子が手を洗いに行くと、ついつい水遊びをしてしまい、床に水が落ちるという仮説だ。
この仮説はおそらく正しい。
息子が手を洗った後は十中八九床が濡れているし、息子の指先から水滴が落ちるところを何度も見ている。
息子には、洗面所で遊ばないことと手を洗ったらちゃんと拭くことを何度も教えている。

他にも原因がある

しかし、息子が手を洗っていないときも床が濡れているときがある。
これまで、その原因はわかっていなかった。
しかしながら、先日、その犯人を見つけることに成功した。

それは、ママだ。
ママは手を洗ってから十分に水をはらわずにその手をタオルに伸ばす。
そのため、指先の水が垂れ、床が濡れるのだ。
ママはこれまで息子が床を濡らすことについて注意をしてきた。
そんな注意をしているママも床を濡らしている張本人だったわけだ。
私は小言を言いながら床の水をふき取った。

もう一人いた

私は、床の水滴をティッシュでふき取りゴミ箱へ入れた。
そして、自らの手を洗った。
蛇口は、捻るタイプではなく、レバーを上に押し上げると水が出る。
直感的には、レバーは押し下げた場合に水が出てほしいわけだが(レバーを降ろすという行為と、水が蛇口から下に降りるという結果が結びつきやすい。)、
何かが上からぶつかってレバーが押し下げられてしまうと水が出続けてしまうために、レバーを押し上げるというあえて不自然な行為によって水が出るように設計しているのだろう。
私は石鹸を付けて入念に手を洗い、水で流し、そしてタオルの方に手を伸ばした。
ん?あれ?
私の視線はタオルからその下の床に下っていった。
これはレバーを下におろして水道を止めたからなのかもしれないし、この行為は関係がないのかもしれない。
さっき拭いたはずの床が、また水で濡れているのである。
水の動きを逆にたどってみると、そこには私の濡れた手があった。

私は何事もなかったかのように、床を拭いてその場を去った。

 

 

 

 

思い出の中の大富豪と大人買いの誘惑

 

この記事では、実にしょうもない我が家の修羅場について記載します。

 

 

駄菓子屋へいく

昨日、妻子と駄菓子屋へ行った。
ちょっと歩いていくには遠くて、自転車で20~30分くらいの距離にある。
お菓子を買うだけなら近所のスーパーで十分だ。
しかし、昨日は駄菓子屋に行くことにした。

当たり前だが、駄菓子屋には駄菓子が置いてある。
10円の飴やガム、薄っぺらいビッグカツ、小さいドーナツ。
ブタメンやペペロンチーノも置いてある。

妻子がお菓子を選ぶ中、私は、ベビースターラーメンを一つかごに入れ、
最終的に会計はママがした。

思い出の中の大富豪

まだ自分が子供だったころ、
図書館の近くにあった駄菓子屋に通ったものだ。
そんなにお小遣いはもらってなかったから、10円や20円のお菓子を一つ二つ買っておしまいだった。
その駄菓子屋では、お湯も提供されていて、ブタメンを食べている子供もいた。
あの頃は、ブタメンを食べている子供はブルジョワだと思っていた。
すげー!あいつ金もってるなぁ!と。

姉さん事件です

なお、私には姉はいません。
自宅に帰ってから波乱が起きた。
私はベビースターラーメンはお湯を入れて食べるのが好きだ。
だから、今回も当然にそうするつもりだった。
一口くらいなら、妻子にわけてやってもいいと思っていたわけだが、まさか展開になるとは・・・。

パパ:ベビースターラーメンはお湯を入れてたべると旨いんだよ。
ママ:普通に食べたい。
息子:僕も普通に食べたい。

大抵の場合、息子はママの言いなりだ。

パパ:じゃあ、一つまみだけそのままで残りはお湯を入れる。
ママ:え~?
息子:じゃあ、半分は普通に食べたらいいんじゃない?
パパ:絶対やだ。ほとんどはお湯を入れて食べる。
ママ:息子の言う通りにしたら?
パパ:絶対やだ。ベビースターラーメンはパパのだ。どうするかはパパの自由だ。
ママ:買ったのはママ。
パパ:…もう勝手にすればいい!パパはこれからベビースターラーメンを買いに行くから、それは二人で食べればいいじゃん!

パパは激怒した。
セリヌンティウスと約束があったわけではなかったが、行かねばならないと思った。
これは、ベビースターラーメンという小さい話ではなく、一人の人間として自らの自由を賭けた戦いだったからだ。

妻子はあきれた様子だったが、結局ベビースターラーメンはパパの思うとおりにしてよいことになった。自由の勝利だ。

私は、ひとつまみずつ妻子と自分用に皿に盛ると、残りは茶碗に入れてお湯を注ぎラップで蓋をし、ゆっくり待った。

ふやけたベビースターラーメンを妻子にスプーン一杯ずつ分け、残りは自分で食べた。
なんという美味。
これほどまでにうまいベビースターラーメンはこれまで経験したことがない。
最近では、カップラーメンのレベルがあがり、本当においしいものも少なくない。
それに比べるとベビースターラーメンは物足りない味のはずだ。
しかし、駄菓子屋で買ったという懐かしさと、自由を勝ち取ったという喜びがスパイスとして加わったのだろう。。
30円のベビースターラーメン
今日の出来事は、30年前に抱いたある種の憧れを、自由の防衛という大義に下に成し遂げたという壮大な物語である。
そうだ。私は、あの時の大富豪の地位に立っているのだ。

大人買いの誘惑

大人になった今となっては、いつでもベビースターラーメンを食べることができる。
感慨深いものだ。
大富豪の気分を味わいたくなったら、どんぶりいっぱいのベビースターラーメンをほうばることとしよう。
やっぱり懐かしいのはチキン味。
ところで、ベビースターラーメンだったら駄菓子屋いかなくても、普通にスーパーで売ってるよね?

 

「ごめんなさい」という声で目覚めて

息子:ごめんなさい。
ママ:何?
息子:ごめんなさい。
ママ:どうしたの?
息子:ごめんなさい。
ママ:もしかして・・・
息子:ごめんなさい。
ママ:パパ!起きて!

今朝の目覚めはこうだ。
スケジュール時計に刺されずには済んだが、
あまりよい目覚めではない。

私は、布団から跳び起きると、声の方へ目を向けた。
そこには、謝り続ける息子と怯える様子の妻。

リビングには折り紙で作ったような道と、ペットボトルが置いてある。
ペットボトルの上には、サランラップがかぶせてあり、輪ゴムで止められている。
そういえば、昨日息子がダンゴムシを捕まえてペットボトルに入れたことを妻から聞いていた。
サランラップさえしてあればなんということはないはずだが…どうやらはさみで切ったよな跡が見える。

息子の方に目を向けると、リビングと寝室の間に座り、不自然に右手を膨らませて床に置いている。

パパ:どうしたの?
息子:ごめんなさい
パパ:ちょっとその手をどけて。

私が息子の手をどけると、そこにはダンゴムシが這っていた。

あ~あ、やっちまった。
ダンゴムシを寝室の入り口で這わすとは・・・。
しかも今何時だ?
私はとりあえずダンゴムシを確保し、ペットボトルに入れた。
そしてそのペットボトルは机の上へ。
こうして事なきを得たわけだが、これはなかなか問題だ。

パパ:どうしてダンゴムシを出したの?
可能な限り優しい声で息子に問うた。
息子:ごめんなさい。
パパ:謝ってほしいんじゃなくて、どういう理由があったのか知りたいんだ。
息子:ダンゴムシさんが窮屈そうで。
パパ:そうか。それじゃあ、朝になったら外に返しに行こうね。
息子:…わかった。

 

そういう家は比較的多いのではないかと思うが、一般にママは虫が嫌いだ。多分。
そして我が家も例外ではない。
虫が這う家には住みたくないとママは言っていた。
これで息子は、虫を飼うと家の中に出す子だという認識が両親の間でされてしまった。
これは、今後カブトムシやクワガタを飼う確率が下がったことを意味している。
息子の狙いはどうであれ、仕出かしてしまったな。
さて、どうしたものか。

なお、私は、息子がダンゴムシを放った理由について、息子が本当のことを言っているとは思っていない。
パパやママがどんな顔をするのか、どんな反応をするのかを楽しみに放ったものとみている。
なにせ、普段からパパやママを驚かそうと色々と策略を巡らせている息子だ。

そういう意味では、ママは見事に策にハマってしまったわけだ。
ママの反応は、息子の狙ったとおりのもの。
反対にパパの反応は、息子にとって期待を裏切る反応だったかもしれない。

子育てでは、「まさかそんかことしないよね?」ということにしばしば遭遇する。
ダンゴムシを持って帰ってきた時点で、この事態は想定できかもしれないが、それはそれで。

息子は、想定内や予想通りの日常に、イレギュラーな刺激を与えてくれる。
これは、育児の醍醐味の一つだろう。